住宅地のマイホーム
言葉には温度があり言葉には歴史がある。言葉を聞くだけでイメージは広がる物である。この間の事であるがマイホームという言葉を聞いた。一昔前までは良く聞いた物であるが最近はさっぱりだった気がする。別にブームというわけでも無かろうがなぜか最近は聞かない。
そしてこのマイホームという言葉を聞いて私はバブルの頃を思い出すことになった。こちらもそう理由があるわけではないがおそらく世の中にマイホームという言葉を言う人が溢れていたからであろう。潤沢な資金とそれを満たす住宅事情、ニュータウンなんて言う住宅地も沢山造られていたようだ。当時は自分たちが泡の上で踊っているなどとは考えもせずマイホームと喜び住宅地へと足を運んでいたのだ。時代は変わった。今でも住宅地は造られ続けているがマイホームという言葉を過剰に聞くことはあまりないのではなかろうか。マイホームとは自分が家を持っているとステータスに示すための物であったように思うが、今はそのステータスを振りかざすことがあまり無くなってしまったように思う。誰も彼もマイホームを持っているし、そもそも自慢するほどの物でもなくなってしまったのかもしれない。ただ家族との憩いの場としてマイホームはあるだけで誇る物では無くなってしまったのかもしれない。
昨今の住宅事情を踏まえても新しい住宅地は造られて新しいマイホームは造られているのだが意味は昔と違うらしい。